自分に人に優しくするヒント

物事の基準はそれぞれの人の中に

先日運動会を見ていて、

「人によって、喜んだり、ムキになったりする基準って、違うよね~」

ってことを母と語った。

 

我が家は運動会に対する基準はめっちゃ低い。

 

一番速く走るなんて、誰も望んでないし、

もしも そうなったら、メチャクチャびっくりする。

 

夜通しパーティまでしちゃうかも・・・ くらい、ありえないことだ^^;

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走ることに関して言えば、最後まできちんと走ったら万々歳。

 

もしも、こけても、立ち上がって、走り続けたら表彰ものだ。

 

なんにしても、頑張ったね!!って、ほめてあげる。

 

前回書いたように、できるだけ目立たないように、こっそり次男が踊っていたら、

「なかなか、うまく考えたね」ってほめる。

 

こんなに、基準が低い

 

理由は、

 

ひとえに、私は運動がちっともできないから。

 

運動会にきちんと参加するってだけで、私には表彰ものなわけ。

 

でも、家族によっては、リレーなどでどれくらい走るかが、

一番の関心ごと、のところも、もちろんあると思う。

 

今回は運動会を例にとったけど、勉強にしても、そう。

 

それぞれの人が、それぞれに色んな事に対して、基準を作ってるんだよね。

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基準って、どんなところから作られているのか?

 

ちょっと真面目に考えてみると。。。

 

その人自身の経験だったり。

周りの状況から判断したものだったり。

 

いろんなものが合わさって、基準って出来ている。

 

でも、「その基準って、本当に正しい?」

 

って自分に問いかける時間を持ってみるのも時には必要かも。

 

基準はいろいろなものから作られているけど、

その基準を使うことを決めているのはほかでもない自分自身

 

基準を甘くするのも、自分。

 

基準を厳しくするのも、自分。

 

基準が甘すぎて、「やる気ないから、ゴロゴロしてても しょうがないよね~」

って何日も、何か月も何年もゴロゴロしているようじゃ、母として失格だろう。

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(私は、これに近いな。。。。)

 

逆に、基準が厳しすぎて、「母として、主婦として、完璧にすべてのことをしなきゃ!!」って

力を入れすぎていると、うつ病のような病気になっちゃう人もいる。

 

「極端にかたよった部分があるな」って思ったら、

自分の基準を、ちょっと見直してみるのも良いかも。

 

なんて、つらつら思った、運動会。

 

まあ、我が家の運動会基準は、たぶん引き上げられず、

アマアマなまま、行くのだけどね(^_-)-☆